ハミンと僕の3年間の記憶

韓国人の彼女ハミンと、僕との間の3年間に渡る恋の物語です。 内容は全て実話です。 ハミンとの出会いから、僕の交通事故、ハミンがイギリスへと旅立ち離れ離れになった1年間、そして韓国で別れをするまでの僕の恋を描いています。

(16/17) 韓国へ

そして土曜日。釜山への出発の日がきた。
このときまでもまだハミンからは会えるという言葉を聞いていない。会える保証もないまま釜山へ向かった。
昼過ぎの到着であることは伝えていたので、もしかしたら空港にハミンが迎えにきてくれているかもしれないという淡い期待も抱いていた自分もいたが、やはり来てはいないようだ。
僕はそのままリムジンバスに乗り込んで釜山の街へ。
僕が釜山に来るのは今回がはじめてではない。10年程前に来たことがあり、今回は2回目だ。
当時は大学生で、友人と一緒に中国をバックパック旅行をした後に来た。そのときの旅とは今回は全く違うものだった。
そのままホテルへチェックインし、ハミンに釜山に到着したことの連絡を入れる。
しばらく経ってから返事があり、ハミンは本当に来たことに驚いたようであった。
が、その後ハミンから連絡は返ってこなくなり、僕は1人で釜山の街をぶらつくことになった。
途中見つけた居酒屋でなんだかよくわからず料理を注文すると、出てきたのは生きたタコの刺し身、それとグロテクスなヌタウナギの炒め物。
少し油断しすぎたのかもしれない。僕は今そんなチャレンジを求めていない。
韓国らしいものを食べよう、とかいう観光客ではないのだ。僕は会えるかどうかもわからない1年ぶりの彼女に会いに来ているのだ。もう少し穏やかに過ごしたいというのが本音だ。
その日はホテルに戻って早めに眠ることにした。ハミンに会えないまま釜山の滞在が終わることも十分現実味が帯びてきた。

翌朝、僕は早く起きてホテル近くのヘウンデビーチをぶらぶらしていると、ハミンからメッセージが届いた。
内容は一言「今日会いましょうか?」
ついにこのときがきた。1年間待ち続けていたことがようやく叶うかもしれない期待に僕は胸を膨らませた。
僕はすぐにメッセージを返し、待ち合わせは今から1時間後、ヘウンデビーチとなった。僕のホテル近くまでハミンが来てくれるらしい。
僕は急いで準備をして外に出る。時間にはまだだいぶ早い。
僕には必要なものが1つあった。
それは彼女に手渡すバラである。
どこに花屋があるのかもわからずさまよっていると、高級ホテルがあった。もしかするとここにはあるかもしれないと思い、フロントに聞いてみることにした。そうすると、地下に花屋があるとのこと。
店が始まる前だそうだが、店長らしい方は特別に店を開けてくれた。1番きれいなバラを選んでもらい、ケースも合わせて日本円で計5000円。さすが高級ホテル。けっこういい値段する。
女性店長は、こんな朝早くからバラをどうするの?と聞いてくる。
僕は、1年間会っていなかった彼女とこの後に会うこと。この1年ずっと僕は会いたいと思っていたことを伝える。
すると、「すごいロマンチックね。彼女も絶対喜ぶわよ!」なんて大はしゃぎ。結局、僕が支払ったのは1000円だけになった。店長が割引をしてくれたのだ。
最後には「Good Luck!」と言われ、なんだか照れくさい。

僕はハミンとの待ち合わせ場所のヘウンデビーチに向かった。
待ち合わせ時間よりもそれでもだいぶ早い。晴れた良い天気だ。雲ひとつなく、12月なのに暖かい日であった。
僕は全く落ち着かない気持ちだった。
ハミンに出会って一緒に過ごした2年間、そして会えなくなったこの1年間のことを思い出してしまう。
1年経ったハミンはどういう雰囲気なのだろうか。今はどういう気持ちなのだろうか。
会えることに嬉しい気持ちと、不安な気持ち。それが混じった不思議な感情だ。

ビーチに現れる人を僕は砂浜の方から見ることにした。
すると、遠くからこちらに向かってきている女性がいる。まだ遠くてはっきりわからないが、あの雰囲気はきっとハミンだ。
僕はゆっくりと向かっていく。
僕はあふれる涙が止まらなかった。会いたいとずっと願っていたハミンがすぐそこにいる。
「ハミン!」僕は叫んだ。
「翔太!」彼女も応えた。
1年ぶりの再会だ。僕は彼女をぎゅっと抱きしめた。言葉にならない。
ハミンも震える声で「久しぶりだね」と。

1年間会っていなかったハミンは大人の雰囲気が増したような気がした。
だけど、この声、この笑顔、僕が知っているハミンと変わらない。ようやく僕は会えたのだ。
僕は用意していたバラをハミンに手渡した。
ハミンは照れているようで受け取ってくれた。前回ハミンに渡したときには僕が照れていたが、今回は僕は堂々と、ハミンが照れくさい側だった。

その後2人はビーチを歩きながら、この1年間のこと、今の状況を少しずつ話し始めた。
イタリアの大学院入学には英語の試験が必要であり、そのために最初イタリアに着いてしばらくしてからはその後イギリスに移り、現地の語学学校に通っていた。ここまではハミンも当初の予定通りであった。
が、その後にハミンはイギリスでの語学留学を延長した。イタリアへの留学を断念し、イギリスでの時間を長くすることを選んだようだった。
そしてイギリスに半年ほどいた後に、つい10日ほど前に韓国に戻ってきた。
僕は彼女が傷つくことを恐れ、どういう気持ちだったのか、僕の方から聞くことはあえてしなかった。彼女が話すには良かったけれど、僕から聞くことは出来る限り抑えるようにした。

彼女と話をしながら、1年ぶりに一緒に食事をし、その後は海の見えるカフェに向かった。日本で一緒に過ごしていたときの過去の話など、お父さんお母さんと会ったときにみんな緊張していたよね、ということなど他愛もない話で盛り上がった。
昔のハミンと変わらなかった。
僕もこの1年のことを話し、少し韓国語を話せるようになったことなどハミンも驚いたようだった。
話をしながらも、僕は彼女がこれからをどう考えているのかが気になっていた。これまでのメッセージのやりとりではそこまで詳しく聞くことはなかったからだ。すると彼女は言った。この先、もう1度留学をしたいと思っていることを。
今度はイタリアではなく、イギリスの大学院に入るために、今も勉強を続けていると。そのために、今彼女は釜山で英語の学校に通い、翌年の夏頃にイギリスに行けるように準備をしているそうだ。

僕は彼女を否定することのないよう、努めて冷静に話を聞いていた。
ただ、心のなかでは、ものすごく寂しかった。こうしてやっと会うことができて、願わくば日本へ戻ってきてほしいとも思っていた。そうした期待が僕にはあった。ただ、彼女はそういう気持ちは一切ないようだった。
日本でのことは過去のこととして切り離し、次の環境を考えていた。

ハミンは、その日の夕方は家族との用事があるようで、その日は一旦ここでお別れとなった。
駅まで向かう途中、翌日はハミンの学校が終わる夕方4時頃にもう一度会うことでお互い約束した。
そして僕はその後、ハミンのお母さんが経営するカフェに行くことにもした。ハミンにはお父さんお母さんに会わないように注意してね、なんてことを言われた。
僕は挨拶くらいしたいという気持ちなのだが、彼氏が日本から来ていることを決して良いとは思わないそうだ。
ということで、会わないように最大限用心することを約束に、駅でハミンと一旦お別れをしたあとで僕はそのカフェに向かった。
カフェにつくと、ハミンに言われた通り、両親に見つからぬよう僕はまわりをキョロキョロしていた。
このお店は本格的にコーヒーを挽いてくれるところのようで、オーダーから出来上がりに時間がかかる。出来上がるのを待つ僕は、気が気でない。
階段から男の人が降りてくるたびに、お父さんではないことを確認し、ホッとする。

コーヒーを作ってくれた店員さんも少し英語が話せるようで、店のことを少し聞いてみる。丁寧に説明をしてくれ、そのまま店内の案内までしてくれた。
聞けば、来年には東京でお菓子の学校に通おうとしているそうだ。だから今はこのお店でコーヒーとお菓子の勉強をして、東京への留学準備真っ最中ということらしい。
逆に僕もなぜ1人で来ているのかも質問された。
ハミンにあれだけ両親に会わないように気をつけてとい言われているのだから、話をする僕も慎重だ。なにせ、この店員さんからオーナーに話が伝わるとも限らないのだ。
「彼女と夜会う予定になっていて、少しだけここで時間を過ごすことにしたんだ」という風に僕は伝えた。
屋上テラスは釜山の高層ビル群を見渡せる抜群のスポットだった。そんなロマンチックな雰囲気に僕はひとり。
すると、先ほどの店員さんがお皿いっぱいにジェラートを持ってやってきた。
僕に手渡してくれて、親切にも「次は彼女と来てね」なんて言われてしまった。
あ・・・、伝えられないことだけど、僕の彼女がこのお店のオーナーの娘なんだ。絶対に言えないことなので、感謝だけ伝えて、僕も東京に来るときに困ったら連絡してね、なんて話をした。

その日の夜は釜山の街をランニングしてみることにした。
ハミンと会えたことで僕も気持ちが少し軽くなった。
僕はハミンを心配していたが、1年前と変わらずにハミンはハミンのままだった。
再度イギリスへの留学の話は聞いたが、ただそれも来年の8月。ずっと先のことだ。
ハミンがもう1度海外に行くまでにはだいぶ時間があることから、少し安心した気持ちにもなった。
僕が自分の気持ちを伝え続ければ、もしかしたらイギリスではなく、日本にもう1度戻ってきてくれるかもしれない。そんな気持ちが少し僕にはあった。
これからは1ヶ月に1度でも会いにくれば大丈夫だ、なんていうことも考えていた。釜山まで2時間半のフライトでこれるのだから、週末きたって問題はなさそうだ。
そんなことを考えると、これまでの重さから少し開放されたようだった。