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ハミンと僕の3年間の記憶

韓国人の彼女ハミンと、僕との間の3年間に渡る恋の物語です。 内容は全て実話です。 ハミンとの出会いから、僕の交通事故、ハミンがイギリスへと旅立ち離れ離れになった1年間、そして韓国で別れをするまでの僕の恋を描いています。

(15/17) 急展開

月日は流れ、ある11月の終わりに僕は仕事を通じてお世話になっている旅館の女将と飲みに行った。
僕にとっては、母のようであり、親しい友人であるような方だ。
以前からハミンのことに関しては話をしたことがあるので、その女将も僕の状況を理解している。
少し酔った席でもあったので、僕はハミンが今でも好きなこと。だけど、イタリアに行くまでの勇気がでないことも明かした。なぜなら、イタリアに行ってハミンに会えたとしても、その先関係が続くのかわからないのが怖かったから。
もう1年近く会っていないけど、お互い好きだという気持ちがでても、それから先もずっと離れ離れだ。また別れるそんな苦しさは耐えられないと思った。
そして、同時に別れることになってしまうということも十分に考えられた。ハミンから連絡が返ってきていないこともあり、それはありえるものだった。
だから僕は、会いに行く勇気は出ないことを話していると、その女将は僕の話を聞いた後に、「何言ってんの。そんなに好きならイタリアに行ってきなさい。でないとこの先もずっと無駄に考え続けるわよ。」と。イタリアに行きなさい、行きなさいとお酒を一緒に飲んでいる間中、僕はずっと言われ続けた。
僕はそこまで言ってもらって吹っ切れた。
次の日、ハミンにはイタリアに行くと連絡をした。

数日経っても返事はなかった。返事がないと言っても、いつものことだ。
日曜日の夜、僕がベッドに入って寝ようとしていると、ハミンからメッセージが返ってきた。
最後にハミンから連絡があったのは、もう半年以上前であるから、こうしてメッセージが返ってくることは本当に久しぶりだった。
僕はそれだけでも嬉しかった。

メッセージを読むと、実はちょうど数日前にはハミンは韓国に帰ってきたということだった。
イタリアへの留学を諦め、韓国に戻り、今は家族と一緒に過ごしているという内容だった。
ハミンが韓国に戻ってきているということは、僕は全く考えていなかったことだった。お互い離れてからもうすぐ1年が経つところであったが、ただあともう2年間待たなければいけないことを思うと僕は本当に苦しかった。
これまで連絡がとれていなかったこともあり、僕はハミンがイタリアで楽しくやっているものだと思っていた。
ハミンには思うところがいろいろあるようだけれど、僕はそうしたことがわかっただけでも嬉しかった。
夜中までハミンと連絡をしていると、どんどん目に涙が溢れてくる。
そして、ハミンは留学する予定であったのに帰ってきたことから、自信をなくしていることも伝わってきた。
そして、僕に連絡をする勇気がなかったそうだ。同時に、日本にいる友だちにも連絡をしていないらしい。
親のサポートがあって海外に住んでいたこと、留学がうまくいかなくて帰ってきたこと、仕事をしている友達と比較すると自分自身が小さくみえてしまうことのようだ。
ハミンにも苦しさがあっての判断だった。
僕はそうした中で今ハミンが本当にどういう状況なのか、どういう気持ちなのかわからない。メッセージの文面からではハミンの感情がわからなかった。

僕はその数日後には釜山に行くことにした。
釜山に行ってハミンに会いたいと思っている。
ただそのことを本人に伝えると、釜山まできても僕には会えないということであった。今会う勇気がないということで断られてしまった。
僕はひと目だけでもハミンに会いたい、声が聞きたい、どういう気持ちでいるのか知りたい。そういう思いであり、同時に心配でもあった。
ハミンに断られても、僕は釜山に行くことにした。

それからの数日。1年前と同じように僕は抜け殻になった。
仕事をしていても全く身に入らない。
大切な人のことを思うと、僕は何も考えられなくなってしまうようだ。それは僕だけではないはずだ。人はみなそうなんだと思う。

それからの数日、ハミンとの連絡が途絶えぬよう、その後も連絡を続ける。
が、やはり僕には会えないということだった。だけど僕は飛行機のチケットも購入し、土曜日から火曜日まで釜山に行くことにした。