読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ハミンと僕の3年間の記憶

韓国人の彼女ハミンと、僕との間の3年間に渡る恋の物語です。 内容は全て実話です。 ハミンとの出会いから、僕の交通事故、ハミンがイギリスへと旅立ち離れ離れになった1年間、そして韓国で別れをするまでの僕の恋を描いています。

(6/17) 事故

そんなリフレッシュをしつつ、僕は3月から次の職場で働き始めた。会社は若い人も多く勢いもあって、猛烈に忙しい日々だった。
僕も忙しいのを楽しんでいるところもあって、充実した日々を送っていた。
が、だんだんと仕事とプライベートのバランスが崩れてきているのも感じるようになってきた。
ハミンと遊んでいるときであっても、頭の中はどうしても仕事のことばかりになってしまう。
新しい環境だから最初はそれでもいいかと思っていたが、僕にだんだんと心に余裕がなくなってきた。
週末も仕事ばかり、ハミンと一緒にいても仕事のことを気にしてしまったり。
そうした状態でゴールデンウィークに突入。僕は仕事を優先させて、連休中にも仕事の予定をどんどん入れていた。
初日だけはハミンと筑波山へハイキングをしにいく約束をしていた。久しぶりの丸一日遊ぶ日だ。この日は仕事のことは一切忘れようと決めていた。
だけど、次々に流れてくるメールや電話に返事をし、ハミンとの時間の合間でも仕事をしてしまっていた僕がいた。
休みを休みとして楽しめていないのだった。
ハミンも心配をしてくれたようで、そして徐々に不機嫌になってくる。そこで僕ははっとして、やっと仕事を中断させた。
そこから先は仕事をすることなく、ふたりで登山をして、自然のなかで過ごす時間を楽しんだ。ハミンと一緒に山頂から見渡す景色はまた一段とよかった。
ただ、思えば、あのときにハミンは何か僕の危険な状態を察知して、シグナルを出していてくれたのかもしれない。

次の日僕は仕事の予定を入れていた。
連休中に自分で入れた仕事ということもあり、実家の母親の車を借りて出かけた。
前日の登山、そしてこれまでの仕事の疲れもありながらも、朝早くに出発し車で2時間の移動。やっと午前中の予定2件を終えた。
次の打ち合わせ先までは車で30分程度の移動だ。
時間も迫っていることもあり、そのまま次の営業先へ。
するとたまっていた疲れもピークにきたのか、僕の判断も鈍くなってきた。休憩している時間的な余裕はなく、そのまま走り続けた。

そこから事件は起きる。
僕は判断を誤り、道をはずれてしまったのだ。
すると、反対車線から直進してくる車にほぼ正面からぶつかった。そして僕はその後ろのダンプカーにぶつかり車は大破。
僕は正面衝突の事故を起こしてしまったのだ。

その瞬間目の前全てが真っ黒になった。僕の人生の全てが終わったような、そうした気持ちであった。
相手が無事であってほしい。僕がぶつかった相手の車に駆け寄ると、相手に大きな怪我はないようだった。
そのまま救急車がきて病院へと運ばれていった。その後すぐに警察がきて、状況を説明。もう僕は気が動転していた。実家の父親に電話をし、状況を説明。泣き崩れる僕。
すべてが終わった。もうそんな気持ちだった。
2時間近くかかり、父親が到着。
動転していた僕ではあったが、父親の姿をみて安心しまた涙が流れる。
その後は父親と一緒に、相手の方が入院しているという病院へ行った。検査入院ということで無事であるようだった。お詫びをし続け、相手の方々も「わたしらは大丈夫だから、若いお兄ちゃんは将来長いからがんばってな。」という言葉をもらい、また涙が溢れる。
父親の車に乗り、泣きながら実家へ一緒に帰る僕。
その日の夜はまだ真っ暗闇のなかだった。
夜には、僕の真っ暗な部屋からハミンに電話をしてみる。
普通ではない状況をすぐに察知したハミンは、泣きながら僕を励ましてくれた。
ハミンは僕にすぐに会いたいとのことを言ってくれ、僕はあのとき、あの声に救われた気持ちになった。

翌日僕はハミンに会うことになった。
僕はハミンをこれ以上心配させないように努めて明るくありたかった。けれど、僕自身やはり無理している様子はすぐにハミンにも伝わってしまったようだった。僕を本気で心配してくれ、僕もその温かさに心が晴れるようだった。
ただ、僕だけでなくハミンも調子が悪そうだった。聞けば、一緒に山登りをしたときから腰を痛めてしまったとのことだった。
後日、ハミンの友達から聞くと、事故を起こしてしまった後の電話にハミンはびっくりし、その勢いで腰を痛めてしまったようだった。
そんなことを知らない僕は、ハミンが腰を痛めている本当の原因をわからずにいた。

ハミンの前では明るくあろうと思っていた僕ではあったが、ただ実際暗い気持ちを引きずっていた。そんな僕をハミンは元気づけるように、いろいろ誘ってくれた。
一緒にいる時間を増やし、いろんなイベントに出かけたりした。
そうして頑張って元気を分けてくれるハミンに、僕は感謝の気持ちでいっぱいだった。
そして、そのときに誓った。僕はこれから先、ハミンが悲しむことは絶対にしないことを。僕はいつもニコニコしているハミンを悲しい顔にはさせたくなかった。

事故の処理をしたり、相手の方々へお見舞いへ行くこともあり、まだまだ事故のことを引きずった僕は、すぐに気持ちが戻ることはなかったけれど、ただ徐々に普段のペースを取り戻してきた。
変わらず仕事も出張続きで忙しい日々を送っていた。ただ、また今までのように落ち着き、少しずつ充実した日々になってきた。
平日はほぼ毎日出張で、東京にいることは週末ばかりだったが、1週間に1回はハミンは僕の予定にも合わせて会ってくれた。
ハミンと一緒にご飯に行ったり、公園に散歩に出かけたり、映画を観に行ったり、とにかく楽しい日々を過ごした。
ハミンも大学の友達を紹介してくれ、よく一緒に遊んだりもした。一緒にバーベキューをしたり、ハミンの友達は僕の友達にもなっていった。

そして、ハミンの通っていた学校の学園祭にも参加したりした。美術系の大学だけあって、学生のこだわりもすごい。僕が通っていた大学なんて1/100くらいだ。
ハミンが教わっていた先生や、当時の同級生、後輩の学生さん達にも会い、ご挨拶。ハミンも僕も自然体だ。
友達からも「ハミン、彼氏と仲いいね〜!」なんて言われてちょっと照れてる様子。ベタベタしすぎるわけでもなく、お互いを出来る限り尊敬して楽しんでいる、まさに理想的な関係だ。
僕の方も、会社で月1回やっているパーティーにハミンを呼ぶこともあった。そのときは僕も成績で表彰をされたときで、彼女に少しはかっこいいところを見せることもできたのかもしれない。ただ、そういうことにあまり興味はなさそうであったけれど。
ハミンもいろいろな人に話しかけ、僕の会社のみんなからも評判は良いようだ。さすが、だ。